文學ラボ@東京

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小説:カフェの中(森田さえ)

文學ラボの活動として、各自同じテーマで作品を作る、という試みをすることとなりました。

今回のテーマは『カフェの中』となっています。

カフェをテーマに小説を書く、ということですので、日常系の話が出てくるか、奇想系の話が出てくるか、今から非常に楽しみです。

問題なければ、今週末にでも池袋に集まり、作品を見せ合う予定です。

もしかしたら、次の冊子に掲載される作品となるかもしれません。 以上、よろしくお願いします。

文學ラボ@東京

 

吠えろ、吠えるな(テーマ:カフェの中)

森田さえ 

 

仙川の駅のTSUTAYAじゃないほうっていうかしまむらのほうに向かってひたすら歩いていくとコメダ珈琲店調布仙川店があって、もうかれこれ3時間私はこのカフェの隅っこの席に座りっぱなしだ。

 出られないのだ。

  出られないというよりは出たくないと言ったほうが正しいのかもしれない。でも、さっき「もうさすがに出たいな」と少し思った時もやっぱり出られなかったから、やっぱり出られないんじゃないだろうか。

 べつにコメダ珈琲じゃなくても良かった。これが星乃珈琲でも(いつもこの二つはごっちゃになる)結果は同じだっただろうし、なんなら根津のやなか珈琲店でも同じだったと思う。こんな平日の昼下がり、おもむろにカフェに入店し、趣味の人間観察をしているうちに二度と店の外に出られなくなってしまう。私はそういう運命なのだ。

 

 ということをつらつら考えていると、カフェに柴犬のホンジュラスがやってきて、私の向かいの席に座る。ホンジュラスは私のペットで、三ヶ月前に死んだ。「ありゃ。ホンジュラスじゃん」私がそう言うとホンジュラスは「ミューちゃんもう何時間カフェにいるの」と聞く、12時ぐらいからだしまだ3時間だよ。こんなのレポート書いてる大学生だったら普通だよ。「出られないんじゃないの? それでLINEしたんでしょ」「うん」

 そういえばそんなLINEを送ったんだった。でもそれは1時とかの時点でちょっと言ってみただけの思いつきだし、そこから2時間が経った今、もう別にそんなにどうしても外に出たいとは思っていない。ホンジュラスのことなんて呼ばなければよかったな、と私は思った。「仙川って池袋から意外と近いね」「なんで池袋いたの?」「天国に一番近いから」「えぇ」

 

 ホンジュラスは可愛い。人間みたいな表情をする犬だった。顔を一目見れば、彼が今どんな気持ちでいるのかよくわかった。少なくとも私には伝わってきた。嬉しい時、悲しい時、恥ずかしい時、緊張している時、怒っている時。今……彼は私に会えてとても嬉しいと思っている。目を見ればわかるのだ。ホンジュラスは本当に可愛い。

 あんまりホンジュラスが人間みたいな表情をするものだから、三ヶ月前、私はうっかり彼を人間だと思ってしまった。実は今もそうなんじゃないかと思っている。

 あの日私は彼に、バレンタインでもらってきたとっておきの美味しいチョコをたくさんたくさん与えた。その中にはゴディバのチョコも入っていたというのに、それを食べるやいなやすぐさまホンジュラスは死んでしまったのだ。

 チョコレートに入っているテオブロミンとカフェインを、犬は体内で分解できないらしい。それで中毒症状が出てしまう。興奮、頻脈、不安、喘ぎ呼吸、嘔吐、下痢、痙攣、失神、呼吸困難。散々苦しんだ後、ホンジュラスは息絶えた。

 でも、カフェインで中毒を起こすなんて私の経験上あり得ない。もしそんなことが起こるなら、みんなコーヒーなんて怖くて飲んでいられないじゃないか。

 だからチョコレートで死ぬなんてあり得ないのに、ホンジュラスは死んでしまった。これは絶対におかしい。甘えだ。だからホンジュラスが狂ったように鳴きわめいて部屋のあらゆる家具を壊せるだけ壊して回った時、私は彼を病院に連れて行かなかった。中毒なんかになるわけないからだ。

 それに私が「メッ! ホンジュラス!」と叱ったら、彼はその瞬間だけ動きを止めてこちらを見つめたのだ(苦しいと訴えている目だった)。彼の体はどうやら彼自身にも制御ができないらしい。新しい生物か何かのようにホンジュラスは激しく震え、嘔吐し、そこいらにチョコレートやドッグフードを撒き散らした。カーペットもソファも汚れに汚れた。私はその全てを、密かに怒りで猛り狂いながら見つめていた。

 彼がついに苦しみもがくのをやめた時、私はペット保険の解約方法をスマホで検索した。それから獣医に、突然ですが引越しをすることになったので次回入れていた健康診断の予約はキャンセルしてください、と電話をした。その後泣いた。

 可愛いホンジュラスは死んでしまった。たかがカフェインなんかで死んでしまった。こんなに不条理なことってあるのだろうか。

 

 とにかくそんな風に死んでしまったホンジュラスが私の眼の前にいる。彼は私を見つめてこう言う。「ミューちゃんはじゃあ、ここにずっといたいってこと?」

 うーん。「いや、まあ今現在何も考えずに言えばそうだけどさ。でも実際そんなのできるわけないじゃん。気まずいし。私あとちょっとしたら追加のドリンク頼まないと、490円のアイスティー1杯で3時間粘る相当コスパ悪い客になっちゃうし。っていうかさ、わかる? 私今、コメダ珈琲でアイスティー飲んでるの。コーヒーが売りの店で、紅茶飲んでるの。もうこれ全然ダメってわかってるけど私コーヒー嫌いなんだよね。いや、飲めるけど。飲めるけど、私は今、ただでさえ全然わかってない客なわけ。この上コスパも悪いってなったらもう、出入り禁止って言われてもおかしくないよ。っていうか今手持ちが7000円だから、お金が尽きるまでカフェにいるとすると単純計算で490円の紅茶を14杯しか飲めないってことになるでしょ。1杯につき3時間粘れると考えてもあと残り42時間だよ。たったの1日と18時間しかいられないってこと。すでにカウントダウンは始まってるんだよ、ホンジュラス。わかる? 伏せ!」

 ホンジュラスはクゥーンと発声すると伏せる。そして言う。「クレジット使えばよくない?」「あそうか」クレジットはお父さんが毎月払ってくれているので、ということはつまり無限だ。「かなり良いじゃん」「うん」

 私は追加でドリンクをオーダーする。アイス・ド・ティーフロートを頼むことにした。570円するけど、クレジットなので何も怖くない。ついでにシロノワールも頼む。会計は1170円に消費税込みで1266円だ。

 

 でもミューちゃんもアホだなと僕は思う。

 僕は四足歩行なので椅子にうまく腰掛けることができないのだが、そういうことをミューちゃんに言うと「でもホンジュラスは喋れるじゃん」と返してくるに違いないので無理矢理に足の形を作る。これは随分体全体が痛くなるので適度なところで姿勢を変えなければ。

 ミューちゃんは雑貨屋さんで買った700円の白いマフラーをバッグにガスリと突っ込んでいて、端のフリンジ部分がえらくはみ出して床にすれている。バッグが地面に置かれるたびにこのマフラーは受難を味わっているらしく、糸の端は汚れて黒ずんでいた。

 ミューちゃんはそれを口の周りに毎日巻くのだ。

 コメダ珈琲の床は徹底した掃除が行われているとはいえ毎日毎日不特定多数の人が歩き回っている場所なのだから当然雑菌だってすごいはずだ、そういう雑菌だらけの床にすれて黒ずんでしまったマフラーをミューちゃんは口の周りに巻く。口から雑菌が入ったって構わないとでも言いたげに。ミューちゃんの愚かさ。ミューちゃんは愚かで、愚かなまま、さっきから黙りこくっているので何かと思って見つめるとどうやら彼氏からLINEが来るのか来ないのか考えているようなのだ。ミューちゃん、ここは12時にミューちゃんが入店して以来ずっと圏外だし、彼氏は今会社で働いているからミューちゃんにLINEをする余裕なんてないよ。それにそもそも、ミューちゃんには彼氏なんて存在しない。

 ミューちゃんは彼氏からのLINEを待つ間、暇潰しに人間観察を始める。これは彼女の趣味なのだ。

 ……しかし本当のところ、彼女は観察なんて何も出来ていない。

 

 彼女は言う。「あの人さ、ねえホンジュラス聞いてる? あの人さ、うん、あの人、タバコの銘柄がLARKだよ。LARK吸ってる人って多いよね」「あのサラリーマンの男の人、靴下がやけにファンシーなノルディック柄だね。子供からのプレゼントかなあ」

 ミューちゃんは人間観察が趣味だと公言してはばからないが、ミューちゃんが本当に観察したいのは人間を観察する自分そのものだ。そもそも平日のこんな時間に仙川のコメダ珈琲なんかに来るような人間は、全人類のうちでもごくごく少数のグループなのに。

 どういうことか説明すると、まず、今店内に入る彼らはおそらくほとんどが日本在住で、さらに平日のこの時間を自由に使えている。

 デザートばかりでお腹が膨れないコメダ珈琲のラインナップはサラリーマンのランチ場所としては不向きであるため、必然的に彼らの職業は大学生や定年退職後の老人、もしくは主婦、もしくはオフィスで仕事をする必要のないワーカーに限られる。

 さらに1杯約500円するコメダのコーヒー。500円というと自炊であってもコンビニ弁当であっても、それなりにお腹を満たせる値段だ。それをたかが嗜好飲料のために使えるということは、それなりに世帯収入に余裕のある人間ということである。

 ワーカーはともかく、大学生や定年退職後の老人、もしくは主婦が単独でそれほどの収入を持っていることはあまりないので、必定彼らは親や伴侶、ないしどこかの機関から生活資金の援助を受けているということが考えられる。

 ミューちゃんは親に生活費のほとんどを援助してどうにかバイトで生活を続けているので、彼らと状況が非常によく似通っている。

 要するに、コメダ珈琲に来る人間は総じてミューちゃんの理解の範疇に収まるような人間ばかりということだ。

 ミューちゃんはそういうことを意識的にか無意識的にかはわからないけれども理解していて、それでこの時間にこの場所で人間観察をする。ミューちゃんは自分の常識を超えたところで生きている人間、たとえばホームレスや殺人犯、セレブなんかは恐ろしいから観察しない。ミューちゃんはずるい。理解できるものだけを観察して観察した気分に浸っているのだ。

 

 理解できるものだけを理解しようとするのは、ミューちゃんが他人に不誠実だからだ。さらに言うなら僕は、ミューちゃんは自分自身にも不誠実だと思う。

 ミューちゃんは彼女が自分で考えているよりはるかに、治療や自覚を必要とする内面を抱えている。たとえば、自分と僕との差異がどうしても理解できなくて僕にチョコを与えて殺してしまった。さらにその後、獣医に「引越しすることになりました」と嘘をつく。「チョコを食べさせて死なせてしまいました」なんて言ったら怒られるだろうな、と理解していたからだ。そしてそのあと、自分のせいではなくて「不条理さ」のために僕が死んだと言って泣く。もしこれで僕が人間だったら、ミューちゃんは世間からお前はサイコパスだと罵られても何も反論ができないと思う。

 

 ミューちゃんは自分のそういう空恐ろしい内面について深く考えたいとは一切思っていない。なぜならめんどくさいし、そんなことは考えても考えなくてもどちらにせよ生きていけるから。

 カフェで、理解の範囲内の人間のみを観察することは他者との関わり合い方の一形態ではあるけれども、もちろんこの関わり合いがその人との会話や直接の交流をもたらすことはない。これがもしも観察じゃなくて会話だったら、どんなに近しいグループに所属する人間であったとしても、それなりに自分の知らなかった相手の部分を知ることとなるし、自分の内面についても晒け出さなければならなくなる、ミューちゃんはそれが嫌なのだ。これはミューちゃんにとってかなり危うい、ギリギリのラインで「めんどくさ」くない他者との関わり方だ。あんまり気持ちよいものだから、それで、彼女は随分長い間カフェから出られないでいる。

 

 ミューちゃんはなおも「観察」を続ける。「ねえホンジュラス、あのおじさん、さっきからずっとiPad操作してるから何かと思ったらソリティアやってるの。しかもiPadに充電器付けてる。ソリティアマニアなのかな?」

 ミューちゃんはソリティアおじさんの充電器を見て、自分のiPhoneの電池があとどれほど残っているのか急に気になったらしい。iPhoneを手に取り「まだ全然余裕、73%あった」と呟く。そしておもむろにTwitterを起動しリプライが来ていないのを確認した後「6秒で笑える動画『Vine』」、@super6vineのアカウントを眺め始める。最近のミューちゃんのお気に入りアカウントなのだ。

 ミューちゃんは鞄を引っ掻き回して、そういえば今日はイヤホンを家に忘れてきたんだったな、と気づく。それでも6秒で笑える動画で笑いたいと思っているミューちゃんはスマホがマナーモードになっているのを確認してから無音声で動画を観てニヤけ始める。この笑みからすると、きっと動物の可愛い動画を観ているのだろう。

 僕はミューちゃんが動画に飽きて「帰ろうか?」と提案するのを待っていたが、彼女は一向にスマホから顔を上げる様子を見せなかった。

 そのまま5時間が経過した頃、僕はもはや待つのをやめる。

 無理矢理に椅子へ腰掛けさせた足がガチガチに冷えて固まっている。急に動かすと痛むだろうからゆっくりと体をずらした。そのまま椅子の上で伸びをする。ミューちゃんがちらりとこちらを見るのだが、Twitterにはまだまだ面白いツイートがたくさんある。それにミューちゃんは読むのが遅いし、理解も遅いのだ。

 

 これからどうしよう。

 自由になった手足を眺めていてふとそんなことを考える。これからどうしようか。

 ミューちゃんに呼ばれるままここに来たけれども、ミューちゃんが外に出る気がない以上、おそらく僕もこの喫茶店からは出られない。僕にとってミューちゃんの考えを否定することは僕が死ぬことと全く同義なのだ。

 というのも僕はミューちゃんに殺されてはしまったけれども、それでも僕が1歳7ヶ月まで生きられたのはミューちゃんのおかげであって、そうでなければ僕ごときの犬など生後3ヶ月あたりで保健所に送られて死んでいたかもしれないのだ。いや、そもそもミューちゃんに「この子がいい!」とあの時選ばれていなかったら、僕は初めから生まれていなかった可能性すらある。

 僕はミューちゃんのおかげで生き残り、ミューちゃんのせいで死んでしまった。ミューちゃんから本質的な意味で離れて生きることは難しいし、僕にはその方法が皆目分からない、そもそもミューちゃんから離れて生きるべき理由も思い当たらない。

 だけど、僕はここから出られないのが嫌だなと思うし、散歩に行きたいし、それから、ミューちゃんのことを愚かだと思うのも嫌だ。僕にとってミューちゃんは、この世の全てを知っている尊敬するべき飼い主だったのだ。そんなミューちゃんが今やTwitterVineの動画を音声なしで観てヘラヘラ笑っている。ミューちゃんは一体どうしてしまったというのだ、そして僕は。

 こんなミューちゃんは見たくなかった。僕はもっとまともなミューちゃんのもとで、昔のミューちゃんのもとで生きていたかったのだ。ミューちゃんは嫌だったかもしれないけれど、僕は絶対に昔のミューちゃんの方が好きなのだ。

 いやそうじゃない。僕はやっぱり僕を殺してしまったミューちゃんなんて好きじゃないのだ。僕は単に僕のために生きていたかった。僕は死にたくなかった。苦しい思いもしたくなかった。僕はチョコレートを食べて死にたくなかった。僕はかつて一度も死にたいなんて思ったことがない。

 

 その時ミューちゃんがふと目を上げ、思い出したように店内の時計を見る。「うわ、もうこんなに時間経ってるじゃん。ヤバい。そろそろ追加のドリンク頼まなきゃ。ホンジュラスにもドリンクおごってあげるよ。コーヒーでいい?」

 

 ミューちゃんは続ける。「ホンジュラス、あ、そうかコーヒーか。でももうあんた死んでるし、大丈夫だよ。でも嫌ならいいよ。多分ドッグフード売ってると思うし。なかったらコンビニで買ってきなよ。お金あげるし」

 ミューちゃんは僕に白くて汚いマフラーと1000円札を手渡す。「一番近いの多分ミニストップだと思うけどあそこのミニストップってビタワンミックス売ってるかな? ミニストップってあんまり行ったことないからわかんないな。もしなかったら駅の方まで行ったらセブンもファミマもあるし、絶対そしたらビタワンミックスあると思う。あれって400円ぐらいだよね? 1000円札あげるから2つ買ってきなよそしたらしばらく外出なくて済むじゃん」

 僕はミューちゃんがコーヒーを勧めてきたのも、なんだか焦ったように「嫌ならいいよ」と言ったのも、機嫌をとるように1000円を渡してきたのも、そのわりに僕に一人でドッグフードを買いにいかせるのも全て気に入らなくて、誰がドッグフードなんて買うか、と思うのだけれど、そうは言ってもお腹が空いていることは確かなのでやはりミニストップまで行ってしまう。ビタワンミックスを購入して「レシートください」と言ってしまう。

 

 僕は四足歩行なので、レジ袋を片手に持ちながら、もう片方の手で小銭とレシートを持つという芸当はできない。それで店員に「小銭が持てないので、レシートと商品をお釣りとを全部まとめて袋に入れてくれませんか?」と尋ねる。店員は快諾してくれた。「偉いわねえおつかいなんて」と僕を褒める。

 帰り道、咥えたレジ袋の中で小銭がチャリチャリと音を立てるのを聞きながら通りを走る。どうやったら自分の意思で、自分の自由でこの道路に立つことができるのかを考えていた。僕が今この道路を走ることができるのは、ミューちゃんが僕にそれを許可したからだ。そうでなければきっと僕は今もコメダ珈琲の中で脚を曲げ伸ばししていただろう。

 今にも雨が降り出しそうだった。鳥が低く飛び、僕の眼の前をかすめる。どうして僕はこんなに不自由なのに、今だけこんなに自由なんだろう。

 向かいから散歩中のチワワとその飼い主がやってきて、すれ違いざま、そのチワワが僕に吠える。僕も吠え返す。なんとなくこんな意味を含めて吠える、「僕がその気になったらお前なんて一瞬で殺せるんだぞ」。チワワはぎょっとしたような顔でこちらを見る。それから恐ろしくなったのか、やにわに激しく吠えかかってくる。

 僕は楽しくなってしまって、チワワが萎縮してしまうまで吠えようと心に誓う。チワワの飼い主が「やめなさい、ココちゃん、ココちゃん! ごめんねえ〜うちの子おてんばで」と謝る。

 僕はそんな言葉は気にせずに吠える。そうだ。僕は殺せる、僕はその気になったらお前なんて一瞬で殺せるのだ!

 

 帰ってくるとミューちゃんは就寝の準備をしている。「っていうかさ」ミューちゃんは言う。「私やっぱ、ここに本格的に住むことにしようかなって今考えてるとこなんだよね。クレジットあるし」

 僕は頷く。ミューちゃんのパジャマはアメコミのヒーローが大きく描かれていて、そいつがWHO do the paparazzi love!! と叫んでいる。「ミューちゃんって前向きだね」と言うとミューちゃんが僕の方を向いて笑う。「そう。前向きなの」

 店内の電気が一斉に消えた。消灯の時間だ。僕はやおら体を真っ直ぐに伸ばすと、深く息を吸い込み、それから、長い長い遠吠えを始める。

 

 ミューちゃんがこちらを見つめるのがわかる。

 

 僕はそのまま遠吠えを続ける。なぜなら僕は四足歩行だし、悲しい時に涙の一粒もこぼせないからだ。

 僕はカフェの中でこれからもずっと生活をすることになるのだろうか。そしてミューちゃんはどうするのだろうか。

 

 遠吠えは、続ければ続けるほど肺から空気が奪われていく。

 僕はよく伸びる自分の声を何やら他人事のように耳に入れながら、なんとはなしに、遠吠えというものは随分息が苦しくなる行為なのだな、と思っていた。(了)