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文學ラボ@東京

(文学をなにかと履き違えている)社会人サークルです。第22回文学フリマ東京では、ケ-21で参加します。一緒に本を作りたい方はsoycurd1あっとgmail.comかtwitter:@boonlab999まで(絶賛人員募集中)。

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テーマ小説「口論」

 

 口は災いの元という。災いは口から始まり口に終わる。災いを避けるためには、常に口に注意していなければならない。しかしどうしても、それに抗えないこともある。これは運命だ。口から発せられた物によって命を失う人間もいるということを、私はこの一連の出来事によって知ることになった。
 瞼を開くと、ゲジのような虫が目の前にいた。驚きの余り一瞬固まってしまったが、噛まれる、と直後思い、布団を剥がして飛び起きた。声も少し出てしまった。枕の上に茶褐色の細長い虫がゆっくりと動いていた。
 見たこともない虫だ。ムカデとも違う。1cmほどもある突起が、細長い体に二列に並んでいる。体自体は柔らかそうで、まるでゴムでできているみたいだ。すぐに窓から捨てたかったが、素手で掴みたくはなかった。毒でもあったら嫌だ。
 早速twitterで、画像を投稿した。知り合いの中で、この虫について何かしら情報を持っている者がいれば幸運だし、、もしかしたら奇特な人がたまたまこのtweetを見つけて、自分に答えを教えてくれるかもしれない。
 有爪動物、という単語がタイムラインに現れた。
 どうやらこの虫は、日本列島には生息していないはず、らしい。熱帯に存在する虫なので、なにかの貨物に紛れ込んだ可能性が高い。最近東南アジアやアフリカへ渡航しましたか? 港や空港の側にお住まいですか? 
 私には何も心当たりがなかった。
 私はこの虫に詳しいらしい人物に、返事をした。3日後、彼は私の自宅にやってきた。彼は大山と名乗った。私はタッパーに捕獲しておいた虫を、彼に渡した。
「もしかしたら、まだ発見されてない新種かもしれません」
 タッパーの虫には特にエサなどは与えていなかったが、今も見つけたときと変わらずずっと動いている。大山はカバンから紙が詰まっているらしい小瓶を取り出し、ピンセットで何かを摘んでタッパーの中に入れた。「ちょっと見守ってみましょう」
 大山がタッパーの中に放り込んだコオロギは、蓋の閉められたタッパーから逃げようと飛び跳ねていた。出口がないことがわかると、今いる場所がどのくらいの広さの空間なのか確かめるため、不格好に歩きまわり始めた。すぐにコオロギは、自らより大きい別の生物の突起にぶつかった。コオロギは足を止めた。その瞬間、有爪動物の頭部がコオロギを認めた。生物は頭を持ち上げると、その頭部から、何か白いものを噴射した。それは糸のようでもあり、粘液のようでもあった。コオロギは逃げようとしたが、それに足を取られ、動けなくなってしまった。背中の突起を揺らしながら、ゆっくりと生物はコオロギに近づき、覆いかぶさった。
「食べてる」と私は言った。
「食性は他のカギムシと同じみたいですね」と大山は言った。
 大山は説明した。「カギムシ、この生物を普通そう呼ぶのですが、カギムシはこのように粘液を噴出し、餌となる小さな昆虫をからめとります。その後ゆっくりと捕食するのです。このように特異な習性を持った生物ですが、分類学的にも非常に独特な生物です。カギムシは一見近縁に見える昆虫の仲間であるとか、あるいはミミズの仲間、そのいずれでもない有爪動物門としてくくられています。有爪動物門は非常に小さなグループですが、その特徴の一つに、海生種が存在しないことがあります」
「海生種?」
「海で暮らす種類、ということですね。カギムシの仲間は陸上にしか存在しないんです」
「それは珍しいんですかね」
「珍しいです。例えば哺乳類だってほとんどは陸上にいるけれど、クジラは海で暮らしているでしょう。今まで見つかっている現生のカギムシの仲間は、全て陸生です」
「現生の?」と私は聞き返す。
「絶滅種は海に生息していたんですよ。化石でしか残っていないのですが」
 そこで、大山は表情を変えた。「絶滅したハルキゲニアには、背面に2列の棘が生えていたんです」
 大山は、とても信じられない、というような顔つきだった。恐らく、タッパーの中の虫の背にも突起が並んでいることに、絶滅動物との関連性を見出したのだろう。大山はタッパーに顔を近づけ、まじまじと虫を覗いた。そしてしばらくして、私のほうを振り向いた。
「ところで、こちら譲っていただけると聞いていたのですが」
「ええ、良いですよ。どうぞ」
「おいくらですか」
 まさか、金を取ろうとは思っていなかった。私はとっさに、「300万です」
「300万」
「はい」自分で言って、馬鹿らしくなった。これはなんというか、衝動に近かった。ここで300万という金額を口にすることが、あらかじめ何かの脚本に書かれていたような気がしていた。「珍しいんでしょう。相場はわからないけれど、もしこの虫が、世の中にこの場所にいる一匹しかいないんだったら、私の言い値をつけるしかないです」
「300万、ですか」
「そうですね」
「ちょっと、待ってください。ベランダを借りていいですか」
 大山は携帯を取り出し、どこかに連絡をしだした。本当に金の工面をしているらしい。私はその間に、自分の携帯でハルキゲニアについて調べた。復元画像を見た。似ている、といえば似ていなくもない。ただ、これが似ているならそこらへんの毛虫だって似たようなものではないのか。私にはわからなかった。
 大山がベランダからもどった。表情を見ると、どうやら金を入手するのには失敗したようだ。「200万円なら出せます」
 200万出せるなら、300万も出せるだろうと私は思った。
「250でも良い。その場合、50万は半年後に払います」
 私はなぜか、ほとんど憤っていた。「300万です」と私は再び言った。「自分にはこの虫の価値はわからないけれど、、あなたの態度が、この虫の価値だ。結局差額の50万をすぐ用意できない程度だとしたら、それはあなたの心が弱いからだ。本気でこの虫が必要なら、半年後なんて言葉、絶対出てこないはずだ」
「なんてことだ」大山は悲鳴をあげた。「そもそもその生物は、ただあなたの部屋に入り込んだ虫でしかないでしょう。あなたがどこかかから捕まえてきたわけでもないし、卵から育てたわけでもない。ただの偶然だ。それなのにあなたは、法外な値段をふっかけているんだ。なんであなたがそんなに強気になれるか、私には全くわからない」
「気が変わった」ここで私は運命の舵を切った。「500万にする」
 大山は虚脱していた。私が急に意固地になったのに気圧されたせいか、目の前に自分が求めているものがあるのになかなか手が届かないことに絶望したせいかはわからない。目が虚ろだった。大山はゆっくりと机の上のタッパーに近づき、横からカギムシを眺めた。5分程眺め、「どうしても500万ですか」
「はい」私はもう自分の意見を変える気はなかった。
「どうしても?」
 私は頷いた。
 その後は一瞬だった。大山は私に飛びかかり、私の首を両手で絞めてきた。私は抗ったが、その骨ばった手を振りほどくことはできなかった。私はしばらく抵抗を続けたが、大山の握力が勝ったようだった。私の意識は落ちた。私はこうして殺された。
 
 ◯
 
 大山は遺体を自分の車に乗せ処分すると、タッパーを自分の研究室に持ち帰った。目ざとい教授や学生に見つからないよう、自分専用の飼育室にその新種を入れた。名前を付けなければ、と大山は思った。しかし大山の心の中ではそれはもうすでにハルキゲニアだった。
 ハルキゲニアが絶滅してからおおよそ5億年後、その化石はカナダ北西部で発見された。その体は細長く、胴体の上下には突起が整列していた。胴体の先端は一方が細長く、一方は瘤状に膨らんでいた。当時の研究者は、棘が鋭いほうを下部、逆側を上部と結論付けた。復元図はその結論に従って作成された。しかし研究が進み、近縁の種類が発見されるに従い、上下が逆だったということが次第に明らかになった。そのことを知った大山は、上下が逆だったということは、前後だって逆だということも有り得るんじゃないか、と直感した。大山は自分の研究室の同僚に、その疑問について語った。同僚はそれを一笑に付した。ハルキゲニアのどちら側が口か、なんて議論は、遠い昔にやりつくされた話だ。今現状見つかっている化石から得られる情報では、瘤状の側が頭部である確度は、非常に高い。もし本当に逆だったとしても、それを証明する手段は、今からバージェス頁岩に行ってより保存状態が良い化石を掘ってみせるしかないだろうな。
 大山はそこで激しく反論したが、同僚の考えを改めさせることはできなかった。その数年後、ケンブリッジ大学の研究者が電子顕微鏡で改めてハルキゲニアの化石を確認し、瘤状の側ではなく、細長い側に目と口が存在することを発見した。復元図は書き換えられた。やはりハルキゲニアの前後は逆だった。大山の考えはやはり間違っていなかったのだ。
 大山は手元の生物を見る。これがハルキゲニアとカギムシとを繋ぐ中間の種類だったとしたら、とんでもない発見だ。1930年代、化石でしか存在しないと思われていたシーラカンスが発見されたのに等しい。いや、ハルキゲニアの場合はそれよりも数億年古い生物だ。桁が違う。大山は慎重に、滅菌されたメスで生物の組織を少々切り取った。あとはこの組織と、現生のカギムシとの比較をすれば良い。
 3日後にはデータが出た。現生のカギムシ20程のサンプルと比較すると、進化の系統樹において、どのカギムシよりも古くこの種類が分岐したことが示された。つまりこの結果は、この新種が進化の根本にいることを示唆している。大山は勝利を確信した。
 次の月には大学のプレスリリースが出た。有爪動物の分類学で有名な研究チームも、カギムシの生息する熱帯地方、プエルトリコベネズエラトリニダード・トバゴ等から続々と帰国してきた。本当にハルキゲニアだ、と彼らは驚嘆した。彼らは古生物学者ではなかったが、それほどまでにその生物の見た目は化石の復元図に似通っていたのだ。
「いったいどこで採集したんですか?」と若手研究者の一人は質問した。
「日本のある島です」大山は真実を言わなかった。「何個体か確認しているので、ほかから流れ着いたものではなく、実際に生息していると考えられます。あまりにもセンセーショナルな発見なので、まだ詳細な場所を公開できないのが残念ですが」
「すごいですね。先生は以前から有爪動物の研究を?」
「ええ。本来の専門はmicroRNAなのですが、最近は分子系統学に手を出していまして。ここ2、3年はずっとカギムシを」
 大山の口からはすらすらと嘘が出てきた。
 向こう一年間、大山は多忙だった。海外の大学からも講演の依頼が来た。大山と、この新種のカギムシの知名度は、急速に上昇していった。
 テレビも何本か依頼があった。それはカギムシに関係のあることだったり、全くカギムシとは関係のない生物のニュースのこともあった。大山はそれらを断っていた。しかし国営放送のディレクターから発せられた最新の依頼は、今までと違い魅力的なものだった。それは1時間の枠の放送で、その枠いっぱいに大山の今回の業績が特集される。この放送の成功がさらなる富を大山にもたらすことは、ほとんど間違いなかった。
 次の週、大山は東京都に属する島に渡航した。撮影班は三日三晩カギムシを捜索したが、もちろん、カギムシの姿は一切見つからなかった。こういうことも往々にしてあります、と大山はスタッフを慰めた。フィールドワークには経験と下調べも必要ですが、運が特に必要になるものもあるのです。今回はそのケースです。私だって見つけるのに何年もかかったのですから。
 島で映像を取れなかった撮影班には、研究室のカギムシを見せた。まだそれは生きていた。カメラマンは、レンズが2つついた見たこともないカメラを使って、それを撮影した。それはどういう種類のカメラなんですか? と大山は質問した。カメラマンは答えた。これは立体データを取れるカメラなんです。スタジオでは模型を用意する予定なので。
 収録当日、大山はリハーサルのためにスタジオに入った。スタジオは簡素だったが、放映時はCGでまるで海中にいるかのように編集されるらしい。
「でもあれはCGじゃないんです。予算がかなり下りたので」
 ディレクターはスタジオの袖を指差した。大山を指の方向に従い、それを見上げた。それには車輪がついているらしく、ゆっくりとスタジオの中に入り込んで来た。
「そのままのサイズで作ろうとしたのですが、あれ、1.5cmくらいでしょう。それだと小さすぎておもしろくないと思いました。逆に大きい方が良いかなと」
 高さはゆうに5mはあったろう。肢だけで2mはある。それがスタジオの横幅ほども続く胴体を支えている。胴体は微妙にくねったようになっており、移動中の姿を想起させた。それは復元されたハルキゲニアと、今回大山が手に入れた新種の、ちょうど中間のような形態をしていた。いや、今回の新種を受けて、あらたに復元しなおしたハルキゲニア、と説明したほうが適切だろう。すごいですね、と大山は嘆息した。
「でしょう。でも、これだけじゃないんですよ。ちょっとしたギミックをつけているんです」ディレクターはそう言うと、アシスタントになにか指示をした。若者が数人、また奥から生物の模型を移動させてきた。2m程度の高さだ。大山の知らない生物だが、きっとハルキゲニアと同様のカンブリア紀のものなのだろう。その模型を、彼らはハルキゲニアの体軸に沿った直線状に設置した。
「実はこの模型、先端からスライムを噴出できるんです。リハーサルしてみましょう」
 粘液。もちろん現生のカギムシは頭部に有る噴出口から粘液を出すが、それがはるか昔に存在したハルキゲニアにもあったかどうかはわからない。というより、海中において、粘液を出すべき状態というのが果たして存在するのか? 餌を絡め取る、という用途では海中では厳しいだろう。もしくはタコが墨を吐くように、天敵から自らを防御するために粘液を出す、というのはどうだろうか。そういえばヌタウナギがそうだった。そいつも大量の粘液を体から出すことによって捕食者から身を守るのだ。確かにそのような形質が5億年経った今でもカギムシに受け継がれているとすれば、これはほとんど感動的な出来事だ。
 ディレクターがカウントダウンを始める。ハルキゲニアと対峙している生物に、ついに粘液が大量に噴出されるのだ。大山はハルキゲニアの先端を見た。そして気づいた。
 「逆だ」と大山は指摘した。「口はそっちじゃ……」
 ゼロ、とディレクターがカウントダウンの終わりを告げた。
 大山以外は全員が尾部だと思っている方向から、スライムが大量に噴出した。無論、口はこちらなのだ。凄まじい勢いで本来の口から出てきた粘液は、逆側にいた大山を襲いかかった。彼は白濁したスライムを振りほどこうとしたが、粘度と勢いがそれを許さなかった。大山が手を振り乱すと、スタジオの机に載っていた飼育ケースに引っかかった。ケースは盛大に机から転げ落ちた。これは事故だった。誰もがその装置が止まることを祈ったが、それに反して模型は狂ったように大山を攻撃した。大山は逃げようとして足を上げたが、今だに止まらない奔流と、すでにスタジオの床に広がるスライムに足を取られ、無様に転倒した。嫌な音がした。大山の頭部を起点として、液体は赤く染まっていった。側ではケースから転がりでたカギムシが、急な天災に怒ったかのように空中に高く糸を放っていた。
 

 

テーマ小説「白い彷徨い人」(小雨)

テーマ:時間の流れ

  子供の頃、冬晴れは縁起の良い日であると教わった。列車の窓からその生命力を見せつけるかのように太陽が雲の切れ間からナイフのように鋭く光線を発する姿が目に映る。
「今日は旅行ですか?」
 前を向くと向かいに座っている紳士がみかんを剥きながら笑いかけている。ブラウンのチェック柄の仕立ての良いスーツに身を包み同色のハットを被っている。
「あっ、えっと里帰りなんです。あれこれ2年帰ってなかったので。」
 急に話しかけられ、声が上ずったが紳士は全く構わず小さくうなずいた。
「そうなんですか。それではお嬢さんのご両親も喜んでいるでしょう。」
「はぁ、どうでしょうか…。」
 正直今回は帰る気などさらさら無かった。お盆や正月もメールで済ませ、挙げ句の果てに成人式まで行かなかったのだから当然である。つい3日前にあの手紙がこなければ私は今頃大学の寮にある自分の部屋のコタツの中で特番を見ながら居眠りをしていたに違いない。だから少し自分がここにいることが良いのか悪いのか曖昧であり、複雑な気分である。そんな私の事情をよそに紳士は細かい作業をする職人のようにみかんを剥き食べている。ちらっと紳士の荷物を見ていると小さなハンドバッグと傘だけだった。
「…おじいさんは小旅行ですか?」
「いえ、私は…、いやそんなものです。どうしてそう思ったのですか?」
「ずいぶん荷物が少ないから。」
「年寄りは少なくていいのです。もう何も残っていませんから。」
 その表情を見て何か引っ掛かるものがあった。しかしこの人の言ってることは嘘ではなく私の考え通り、そういうことなのかもしれない。だとしたらこんな辺鄙な田舎に来るはずがない。そう考えている間に列車は三河駅に停車した。ほぼ無人駅で何もない。紳士は慌てながら
「あぁ、もう着いてしまった。うっかりしてた。よかったらおひとついかがですか?」
 紳士は残っていたみかんを1つ差し出してきた。鮮やかな橙色で身がたっぷり入ってそうなまるまるとしたみかんだ。
「ありがとうございます。いただきます。」
「いえいえ、それでは私はこれで。またどこかであった時はよろしく。」
 そう言うと紳士はすっと席を立ち杖をつきながら列車を降りていった。その姿はさっきまでのまるで古びた洋館に住んでいる哲学者ではなく、晴れ晴れと戦いから帰還した戦士のように見えた。
 駅に着いた時にはもう昼過ぎになっていた。雲はどこに行ったのか裂けて澄み渡るような青空が広がっている。しかしそんな爽やかな空の空気と一体になりきれてないのが相変わらず汚い駅のホームだ。缶ビールが5、6本隅に捨てられており微かにタバコの匂いもする。こういうところが嫌いなんだよ。私はそれらに目をそらし階段を上がった。近くの売店で缶コーヒーを買い改札から外に出た。かなり閑散としており色褪せた看板やポスターが貼られている。曇りガラスのような温もりの風が私の前を通り駅の入り口に立っている木々は目を覚ましたかのように揺れだした。あれから2年か…。そんな感傷に浸りながらふと左側の道に視線を向けると黒い服を着た人達が列を作ってぞろぞろと歩いているのが見えた。その中には身覚えのある顔もいくつかいる。
「遅かったね。ずいぶん。」
 気だるいハスキーな声がした方を向くと白い少女が立っていた。花音だ。2年前と変わらず背丈も顔つきも小さくて幼いままだ。何故かホッとした。
「ごめんね。間に合わなかったみたい。あの葬儀はナオの?」
「そうだよ。知ってる?あの子らしい死に様だったよ。男とバイクでニケツしてパトカーに見つかり逃げてその先にはあの古い看板。」
「不謹慎だよ。あの看板だったの。そう言えばさっき列車である紳士と一緒になったんだけど、あの人も関係あるの?」
「もう会ったんだ。そうだよ。1人で自転車に乗っているところをナオ達に巻き込まれ即死だ。奥さんはとっくに亡くなっていて一人暮らしだったそうけど長生きしたかもしれなかったのにね。」
「まぁ、長生きが一番幸せじゃないことはあんたは知ってるでしょ。」
「まあね。じゃあ、行こうか。早くしないと日が暮れる。」
 私達は葬式の列を避けるように近くの浜辺(この街で唯一私が好きな場所だ。)の方に場所を移した。浜辺の砂は湿っていてスニーカーがすっぽりはまり歩きにくかったが、花音はそんなことはお構いなしで裸足で進んでいった。
「ちょうどいい時に来たみたい。見て。」
 顔を上げると天色の水平線の少し上に強いミルク色の太陽が浮かんでいる。その回りを巡る黄金色の雲は扇のように広がり切れ間から陽射しの雨が降り注いでいた。そして海面には白い舟がぽつんと渡っている。今日は波が穏やからしい。良い事だ。
「あの舟はずっとこの世をさまよっていた女と連れが乗っている。婚約者が好きな花束を持って迎えに来たら決心がついたようだ。」
「ありがとう…。この景色、二回も見られると思っていなかった。」
「別にいいよ。私は何度も見てきたから。70年前位だったかな、急に黒い雨が降ってきて殆どの人が消えていった。今でもあの時は悲惨だった。暫くして父親も舟に乗っていた時はびっくりした。顔も見たくなかったのに。」
「えっ、お父さんが?」
「うん。嫌われ者だった。だから死んでも気づかれず終わった。それでも天国には行けて続きを生きるために去年またこの世に帰ってきた。昨日見たら歩き始めていたよ。」
「前の記憶はあるの?」
「ないよ。私みたいに前もその前のことも記憶にある人はそういない。あれも見てごらん。」
 花音の指差す方向を見ると浜辺から少し離れたところに桜の木が立っていた。少し風が吹くと花びらが舞い散り海上にぽわぽわ浮かんでいる。そして波に乗り転がっている大きな岩にたどり着き、ぶつかりあるものは波に乗って水平線の先を進めば残って岩の回りを漂っているものもいた。
「今日は終わりだ。」
 花音はピシャリと言った。その顔は何かを思い出して余韻に浸っていたような表情だった。
「うん、私も帰るよ。うちに来る?」
「いいよ。どうせ見えないだろうから。」
「そう、残念。」
「また、声掛けるよ。待ってて。」
「わかった。また色んな話、聞かせて。」
「もちろん。」
「じゃあね。」
 私は浜辺をでて商店街のある方へ歩き出した。だがふと思い出し足を止め
「ねぇ、さっき言ってた70年前って…。」
 振り向いた先には誰もいなかった。

テーマ小説「時間の流れ」(おさかな)

テーマ:時間の流れ

「終わっていくんですねえ」
 老婆はぽつりと呟いた。
「はい。終わっていきます」

 数分ののち老婆は一瞬で分解され、装置の上は無人となった。老婆は終わってしまったのだけれど、少し経ったあと装置の裏からハツカネズミが姿を現した。プラスチック製ビーズのような黒い瞳は蛍光灯を反射しながら移動し、物陰に入ったのち、見えなくなった。
さて、今日の仕事は終わった。老婆は終わったがハツカネズミが始まった。

 少子高齢化は悪化の一途を辿り、社会には新しい倫理が必要になった。
老人は終わらなければならなかった。しかし、生きたいと願う者を安楽死させることはできない。まして、姥捨て山のような野蛮な風習に立ち戻ることなどできるはずがなかった。そこで人類が新しい倫理として採用したのは、輪廻転生だった。

 身体がろくに動かなくなった老人、病苦のある老人、身寄りのない老人たちが、この施設にやってくる。彼らは説明を受け署名をし、待合席で待機する。しばらくすると名前を呼ばれ、係の者に連れられカーペットの敷かれた長い廊下を歩く。係の者はある地点で身体の向きをくるりと変え、重厚な木製のドアを大きく開く。部屋の中心には巨大な装置が置かれている。その手前にぼくが立っていて、老人を迎え入れるのだった。

 さて、ぼくは白衣を着ているが、老人の誘導と簡単な機器操作を職務とする労働者だ。応接ソファに腰掛けた老人に、温かい飲み物を与える。そして、これから起きる出来事についてあなたは何も恐れることはないのだということを説明する。老人は頷く。ぼくは老人を装置の中央へ誘導する。老人は装置の上で所在無げに佇む。ぼくは適当なタイミングを見計らってボタンを押下する。
すると、装置はすごい勢いで老人を分解し、あっという間に別の生物へと組み替えてくれる。例えば、猫、サル、鳥、虫、などが装置上に現れる。そうしたら、ドアを開けて放っておく。そのうち生物は部屋からいなくなる。どこへ消えたのかは知らない。ぼくの仕事は老人の誘導とボタンの押下だけだから、その後の行方など知ったことではない。だけど、魚が出てきたときは、流石のぼくでも多少の人情を発揮した。床でピチピチ跳ねている魚を両手で抱えて、施設の裏手にある小川まで運んでやったのだ。その間すれ違った何人もぼくを咎めることはしなかった。だから、また魚が現れた時には同じことをするつもりだ。

 

 ところで、最近は別の倫理が強くなってきているのだという。不死というやつだ。
不死は金がかかるし、基準はかなり厳しい。社会的地位があり、裕福で、才能のある人間でないと不死を得ることはできない。
不死界隈の彼らは、ぼくらのやっていることは非倫理的だという。装置の上で消えた老人とその瞬間現れた生物が本当に同一の存在なのか、確かめようがないのだから、ぼくらのやっていることは単なる殺人だと主張している。ぼくは研究者でないので本当のところはわからない。毎日ボタンを押下している例の装置は、ぼくにとっては完全なブラック・ボックスだ。

 仕事終わりのコーヒーを啜っていると、再びドアがノックされた。案内係に招かれ、初老の男が入ってきた。細身の体躯にぴったりと寸法の合ったスーツを着込み、洒脱な印象を与える男だった。男は僕に向かって会釈すると、応接ソファに腰かけた。何か飲むかと尋ねると、何も要らないと言った。少し茶色がかった銀髪はよく梳かされており、朱色の頬は赤ん坊のようだった。

「お仕事中ですか」
「終わったばかりです」
 ぼくはコーヒーを啜りながら答えた。

「また殺しましたか。不死があるじゃないですか」
「庶民には不死をやる金がないんです」

 特に話したいこともなかったので、部屋の隅に目をやった。
 ハツカネズミが仰向けで転がっているのを見つけた。

「あれは、さっき装置でやったばあさんです」
 仰向けのネズミを指さして言った。
「死んでいますね」
 男は少し上擦った声を発し、僕を睨みつけた。睨まれている間、僕もまた彼の眼を凝視した。彼の透き通った青い瞳は、そこらにありふれたガラス玉のようだった。見つめ合ったまま、沈黙は数分続いた。彼は、また来ます、と吐き捨てるように言い残して部屋を出て行った。

 ぼくは飲み終わったコーヒーを片づけると、部屋の隅まで歩き、ハツカネズミの亡骸を拾い上げた。異様な軽さだった。

 ハツカネズミを掌に載せたまま、施設の裏手にある小川へ向かった。街灯がないため、月明かりを頼りにして、草叢に覆われんばかりの小径を通った。途中、どこかからさざ波の音が聴こえた。思わず、顔を上げて辺りを見回す。

 なぜ今の今まで気が付かなかったのだろう、小道の脇には真っ白なユリが大量に咲き誇っていたのだった。その存在に気が付いた途端、むせかえるように濃密な甘い匂いが鼻腔に充満した。つまり、五感というものは所詮まやかしなのだった。

 小川の畔に到着すると、肉厚で丈夫そうなユリの葉を何枚かちぎり、うろ覚えの知識で舟を作った。出来上がった葉舟は思いのほかしっかりした出来栄えとなった。

 これにハツカネズミの亡骸を載せ、そっと小川へ流した。さて、ハツカネズミはどこまで行けるだろうか。

 葉舟はローヌ川を下り、地中海まで流れ着くだろう。ハツカネズミは、ジブラルタル海峡を越えて、北大西洋へ向かうことができる。カナリア海流から北赤道海流に乗り換えることができれば、ハイチへ行くことすらできる。このルートは、1502年5月11日、150人の乗員を乗せたカラヴェル船4隻を率いて北アフリカ西方のカナリア諸島へ向かったコロンブスによる4度目の航海と同じである。

 仄かな月明かりを頼りに、ハツカネズミの亡骸が鎮座する葉舟を目で追った。
 頼りない様子で葉舟は流され、じきに見えなくなった。

 

テーマ小説:「時間の流れ」(soy-curd)

テーマ:時間の流れ 小説

 Youtubeに、"Me at the zoo"という動画が公開されていた。一人の若い男性が、カメラの前で、身振り手振りを交えながらなにかを説明している。背景には二頭の象がおり、両者とも画面に対して左を向いている。耳の形から、いずれもアフリカゾウであると特定できる。そして片方の象は、頭部に、毛のようなものが生えているようにみえた。かなりの量だ。太古のマンモスの復元画像には、そのような描写がされるようなものがあるが、現生のインドゾウ、アフリカゾウともに、通常は体毛はまばらにしか生えない。それでは、あの頭髪のような毛は、先祖返りだとでもいうのだろうか。この動画の公開された意図が、そこにある可能性もある。タイトルは簡潔だが、内容は、貴重なゾウがここにいる経緯を私たちに教えてくれているのではないか。しかし男の説明は、英語でなされており、残念ながら理解できない。動画はたったの十九秒しかない。Youtubeが次の動画へ遷移する前に、私はシークバーをクリックし、動画を前半に戻した。そして象の頭部を凝視した。象の頭には、彼らの好物である、干し草が大量に積まれていた。
 私は以上の経緯を、友人にメールで連絡した。URLも一緒に送りつけた。『確かに干し草に見える』と友人は返信してきた。そうだろう、と私は返した。友人はすぐ、簡潔にひとつの象の絵文字を送ってきた。一連の会話が象に関するものだということを、彼は強調したのだった。
 それから二年後、私はあの動画が撮られた現場である、サンディエゴ動物園を実際に訪れた。もちろん、わざわざ象を見るためだけにアメリカに来たのではない。二週間ほど仕事でロサンゼルスに行く用事があり、仕事の間の土日、ふいに思い出したのが、あの象のことだったのだ。サンディエゴまではバスで二時間程度、それほど遠いわけではなかった。午前中には到着し、園内に入ってみると、パンフレットを渡された。『象の遍歴』と名付けられた区域が地図に書いてある。非常に意味ありげなネーミングだ。カピバラや、バク、ガラガラヘビなどを目にしながらそこまで歩いていくと、ついに、数頭のアフリカゾウが目の前に現れた。しかし、彼らが食べているものは干し草ではない。非常に青々とした、大量の木の枝、それを器用に鼻で操って、口元に運んでいた。季節は夏だった。他には、食料らしきものは見当たらなかった。象たちはサラダでも食べるように、それらの木の葉を咀嚼していた。
 そこには干し草の気配は欠片もなかった。象たちの頭にも、多少の体毛があるだけで、ふさふさとした物が乗せられている様子はない。もしかしたら干し草は、冬場にしか与えられないものなのかもしれない。もし象たちが、彼らなりの遊び心で、仲間の内の一頭に干し草をかぶせていたとしても、それを今見ることは決して叶わないのだ。
 その日、ホテルに戻ると、私は再びあの動画を見始めた。そこですぐ、衝撃を感じた。こんなことがあっていいはずがない。私はブラウザを操作して、無限にループして再生し続けられるように設定し、ベッドの上のノートパソコンをじっと眺め続けた。ところが、眺めれば眺めるほど、その象の頭の上の干し草が、ただのまばらに生えた、象自体の体毛だとしか認識できなくなってきた。確かにそれは干し草の塊だったのだし、友人も、あのときは同意していた。私は再び彼に連絡を取った。友人に、干し草の件、並びに、ふいに思いつき、その動画の男性が喋っている内容を、できるだけ正確に訳してくれないかと頼んだ。友人は大学を出ていて、文系だった。この程度のことは簡単にやってのけるはずだった。『これは鮮明な動画ではない』そう彼は前置きした。『非常に不可解な内容だ。ただ象の前で男が喋っているだけの動画が、すでに三千万再生を超えている。以前に見たときは、確か再生回数は数十回だったんじゃないか。そして、たしかに今の自分の目にも、象の頭には全く干し草など無いように見える。今は何の変哲もない、観光客が象の前で撮った動画にしかすぎない。これは可能性だけれど、象は、再生を繰り返す毎に、その干し草を徐々に失っていったんじゃないか? 象の時間は、その場に固定されていたのではなく、ゆっくりとではあるが流れていて、動画を通じて、我々の間にほんの少しずつシェアされていたのでは? それがこの結果だ。注意深く、訳してみる。それが期待に沿える内容だったら良い』
 十分後、友人は一連の完璧なテキストを私に送付した。その十九秒の動画、あの男性は、私たちに向かって以下の通りに述べていた。

 ああそうだ/僕たちは象の前にいる
 やつらはクールで/超、超、超、長い鼻を持っている
 すごいクールだ
 僕が言えることは本当にそれで全部

   

第二十三回文学フリマ東京への参加はありません

連絡です。先週気づいたのですが、担当者が出店料の振り込みを完全に忘れていたため、 第二十三回文学フリマ東京への参加はありません。関係者各位にはお詫び申し上げます。

文學ラボの新刊が待ち遠しい方は、来年の春か秋まで首を長くしてお待ちください。 やる気があれば新しい本が出るかもしれません。 以上、よろしくお願いいたします。

ダイアログ・イン・ザ・ダークに行ってきました

7/2(土)、外苑前駅の近くで行われていたダイアログ・イン・ザ・ダークという催しに行ってきました。

www.dialoginthedark.com

ダイアログ・イン・ザ・ダーク(DID)は完全な暗闇の中で様々な体験をすることができるイベントです。会場内では白杖を渡されるので、それを頼りに闇の中を進んでいくことになります。進む行く先を指し示す存在として、一人『アテンド』と呼ばれる視覚障害者の方が随行してくれます。催行中はアテンドの方が「前に進んでみてください」「こちらを触ってみてください」等と我々の次にするべき行動を告げてくれるので、基本的にはそれに従って行動することになります。

それの一体何が面白いのか、という話ですが、やはり自分の価値観を見直さざるを得なくなる点が興味深いです。 暗闇の中では一人で行動して得られる情報があまりに少ないので、アテンドの方や一緒に暗闇をあるく仲間から適切な情報を得ながら、 進まざるを得ません。音声によって得られる情報から周りの状況を推察し、触覚によってそれを確かめる。その繰り返しにより今自分がいる環境がどうなっているかの地図を頭の中に作っていきます。そして自分が新しいもの(例えば、壁際のベンチや周りに生えている植物)に気づいたら、それを仲間と共有し、そうすることで全体としての地図を大きく補完されていく、というか、仲間と協力しないと前に進むことさえ難しい、という状態です。それが面白い。

DIDはその名前にダイアログ、つまり対話が含まれていますが、一時間半の体験が進めばば進むほど、対話の力強さ、というものを強く感じていきます。実際、暗闇の中では振り返ると気持ち悪いほどに自分の言葉がむき出しにされている感がありました。参加者の一人が、『明かりがあるところではついつい人の顔色を伺ってしまうけれど、DID中はそういうことができない』とおっしゃっていましたが、その分我々が集中しているのは人の声です。DID中は声の方向、それが誰の声なのか、その声にはどういう情報が含まれているか、というようことに集中力を傾けているため、自ずと会話もあたかもその一言一言が非常に重要なものであるかのような気分になってきます(本当にそうなのかもしれません)。

ただ視覚障害の状態を追体験させるのではなく、暗闇という状況を解決するプロセスをデザインして提供してくれる、とても興味深いイベントでした。まあ、特に小難しく考えなくても、とりあえず中のカフェで闇鍋的にビールやワインを飲む体験はなかなか他ではできないので、それだけでも行く価値があると思います。季節ごとに暗闇の中で行える体験も変わるようなので(冬は書き初めをやるらしい)、また機会があったら足を運んでみたいです。

P+Dマガジンに『プログラミングで蘇る太宰治』を寄稿しました

soy-curd python

小学館の文学系オウンドメディアであるP+Dマガジンに、『プログラミングで蘇る太宰治』と題した記事を寄稿しました。

pdmagazine.jp

マルコフ連鎖でカオスな文章を生成するだけの内容ですが、ご興味ありましたら読んでいただけると幸いです。

詳しい実装については、文學ラボの同人誌『実践 太宰治』に記述していますので、欲しい方は当ブログまでご連絡ください。現在残部0ですが、連絡が多かったら増刷するかもしれません。