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文學ラボ@東京

(文学をなにかと履き違えている)社会人サークルです。第22回文学フリマ東京では、ケ-21で参加します。一緒に本を作りたい方はsoycurd1あっとgmail.comかtwitter:@boonlab999まで(絶賛人員募集中)。

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テーマ小説:「私たちの好奇心」(soy-curd)


 中野ブロードウェイには、まだ行ったことがなかった。というか私は、新宿から西、中央線や丸の内線、大江戸線なんかもほとんど使ったことはなく、つまり、人生で一度も中野区に足を踏み入れたことがなかったのだ。これは良い機会だと考え、思い立った足で最寄りの駅に行き、suicaを千円だけチャージした。これで行きと帰り分は余裕でまかなえるはずである。電車に乗ると旨が高鳴った。それはほんのちょっとした好奇心だった。

 

 

 

 新宿で乗り換え中野駅に着くと、北口から商店街の入り口が見えた。あらかじめネットで調べていた情報によると、この商店街サンモール中野をまっすぐ歩くと、ブロードウェイにたどり着くのだという。しかしそこに近づいてみると、そば屋と和菓子屋の間の入り口は、コンクリートの壁のようなもので封鎖されていた。手前には工事用の看板が出ていて、迂回をしろ、と書いてある。仕方がないので、私は商店街の入り口からはずれた細い路地を行くことにした。
 路地は飲み屋街らしく、今は昼間だったので、どの店もまだ開いていなかった。そのせいか人通りもほとんどなく、日も当たらずに薄暗かった。蛇行した道を進んで行くとまた行き止まりになっていて、こんどは左に曲がり、本来ならサンモールの方向のはずだが、なぜか見つからず、間違ったと思い別の道を曲がったところで、自分が今どの位置にいるのかわからなくなった。スマホを開いても、なぜかGPSが働かず、地図も完全に最新のものであるわけではないようだった。上を見上げれば青空であり、電波も十分に入る環境においてこのような状況に置かれるのは非常に不可解だった。たまに、この店はここに位置するから、、この路地を曲がれば良い、と判断して移動するのだが、少し歩くと、全く見当違いの場所にいることがわかったりする。私はそろそろ腹がすいてきた。昼食がまだだった。
 以上の例のように、Google Mapのような文明の利器も、まだまだ不完全なところがある。この会社は弛まぬ努力により、地図や道路情報を更新し、その更新する方法を楽にするため、道路写真を延々と撮り続ける専用車を運用している。彼らはいかなる手段をとっても、この世から未知の領域を消滅させようとしているのだ。さらにその運転さえ楽にしようと、今度は自動運転車を作るそうだ。無論そのような技術的な進歩にしても、局所局所においては、今私のいるここのように努力が届かない場所もあるということだ。
 そのようにして迷っていると、ある角に一つの小さな碑があるのを私は見つけた。それは、江戸時代の将軍綱吉の制定した諸政令と、この地への影響について簡潔に記されていた。私はそれが気になり、wikipediaですぐさま綱吉について検索を始めた。古くは一六八三年、和暦にして天和三年に、徳川綱吉武家諸法度を改定し、殉死の禁止を明文化している。その四年後には捨て子・捨て病人が禁じられていることから、これらの令は単なる生死の観念の押し付けではなく、福祉規定としての性質が強いことが伺える。そしてここから次々と後世に知られる法令を綱吉は出し続けることになるのだが、一連の法令はつまり、法としての論理を隙間なく埋め続ける作業だった。しかし彼が出した令は江戸町人には中々受け入れられず、それを守らない者が多かったため、綱吉は乳児・妊婦の管理等の施策を次々と行い、法の適用範囲を広げ、抜け穴を塞いでいった。それの実現はつまり、彼の統治の完成だった。彼の死までに関連する法令は百を超え、ついに彼の内的な思いを超えた大伽藍を築き上げた。それが一六九五年の、三十万坪の広さを誇り数万等の野良犬を救護する中野犬小屋の建設だった。
 私がこの地に犬が溢れる情景に考えを奪われていた、その時だった。一頭のグレイハウンドが、路地裏から飛び出して来た。すらりとした体躯で、少なくとも野犬には見えない。よく見ると、なにかゴテゴテした首輪をつけていた。犬は一瞬だけ足並みを止め、方向を変えた。そして私を導くように先を歩き始めた。犬がどのような気持ちなのかは推測することができない。もしかしたら彼なりに、私の境遇を察し、この迷路から抜け出す術を教えてくれているのかもしれず、ただ自分の気の向くままに歩いているだけなのかもしれない。しかし彼にしても、まっすぐここを出る様子はなかった。あちこちの道に入り込んでは、そのあたり一帯を見渡し、納得すると別の方向に歩いて行く。その路地の歩き方、曲がり方には一貫性があるように感じられ、それで、彼が迷っているわけではないことがわかった。要所要所、地面の匂いを嗅ぎ、道を決めていた。結局、彼を突き動かしているものは彼のこの路地に対する飽くなき探求心なのだった。三十分程すると、彼は歩みを止めた。そこはアスファルトがひび割れており、その隙間には、苔がはびこっているように見えた。彼は片足を上げ、一瞬の後、そこに大量の放尿をした。私がそれを呆けて見ていると、全て終えた彼は、歩みを早めて奥の角を曲がっていった。角の先はいつの間にか、車が走る大きな通りになっていた。
 この時の私の様子は、一連のGoogle Street Viewに収められている。路地から早稲田通りへと出た私の表情は、顔だと認識された箇所をモザイク処理されている。次の画像では、無事に通り側から中野ブロードウェイに入ることができた私の背中が写っている。これらはいつでもウェブ上から観察することができる。このときに大分データを更新したようで、私が迷っていた路地もつぶさにストリートビューに組み込まれていた。その画像にグレイハウンドは写り込んでいないが、そもそも地図上にはこの辺一体が犬小屋だったことも記されていないのだ。これもそのような不完全な過程の一部であり、いずれ再びその画像も更新され、私の姿も一緒に消え去っていく。