文學ラボ@東京

(文学をなにかと履き違えている)社会人サークルです。第22回文学フリマ東京では、ケ-21で参加します。一緒に本を作りたい方はsoycurd1あっとgmail.comかtwitter:@boonlab999まで(絶賛人員募集中)。

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太宰治トリビュート小説『グッド・バイ』

(急遽文学フリマ太宰治トリビュートをやるかもしれない雰囲気になったので、 太宰治トリビュート小説を以下に掲載します)

 尾道が小説を書き始めたのは、小桜さんの影響だった。
 小桜さんは尾道の彼女でもあり、この文芸部に尾道を中途入部させた張本人でもある。入部当時、小桜さんは尾道に、「まずは模写をしてみて、文体を身につけるといいかも」とアドバイスした。部室には大量の過去の部員の作品があった。
 なにげなく取り出した冊子の中に、ひとつ、尾道の目をひいた作品があった。
「私もその小説、好き」小桜さんは言った。「気に入ったなら、何回でも書くといいよ。自分の体にそのセンテンスが染みこむまで、何度でも」
 尾道はそれを手書きで模写した。原稿用紙に、一文字一文字。比較的短い作品だったが、一週間はかかったかもしれない。一作品模写し終えた時には、小説自体をとても好きになっていた。惚れたのだ。
 尾道はそれからの放課後、その昔いた学生の作品を、次々に模写し続けた。学生はこんな名義で作品を残していた。『三井ダンス』。変な名前だ。流石に本名ではないだろう。でも尾道は、この名前も気に入っていた。
 顧問の佐々木先生の私物のパソコンを借りることができたため、途中からはこれを使って書いていた。作品はいくら模写しても、しきれないほどの量があるように思えた。パソコンの中には次第にテキストデータが溜まっていった。「すごいやる気だね」小桜さんが感嘆した。「やっとうちの部にも小説家が生まれたってかんじ」
 小桜さんが一回も小説を書いたことなどないと知ったのは、そのときのことだ。

 
 ○
 

太宰治を好きな人の気持ちって、全然わかんない」小桜さんが、読んでいた小説から顔を上げていた。「今、『グッド・バイ』ってやつを読んでみたけど、文章も軽すぎるし、ギャグはおもしろくないし、それにもまして、登場人物が軽薄すぎて仕方がないと思わない? 十人と同時に付き合っているヤサ男が、保身のために一人ずつ女性を振っていく物語に、面白さなんて欠片もないでしょう?」
 小桜さんの、いつもの悪態だった。一人の作家の一つの作品を読んだだけでそこまで言ってしまう読書態度は尾道には理解不能だったが、それについては言葉を控えた。
「いわゆるあるあるネタだったんじゃないですかね? 当時の読者の」尾道は適当に答えた。
「その時代はモテ男ばっかりだったっていうの?」
「ほら、太平洋戦争とかがあったから…」尾道は授業で習った知識をなんとか脳内から拾い上げた。
「男は戦死していて、女性がいっぱいいたとか、あったんじゃないですかね、もしかして」
「だけど『グッド・バイ』に出てくる主人公、……田島というんだけど……こいつは単に格好良いだけの男として描かれているんじゃなくて、ギャグシーンでは他の女の子にいじられたりするし、もし『あるある小説』だったとしたら、もっと完璧超人みたいに書かれていてもいいんじゃない?」
「そうなんですか……」読んでいないから知らないのだが、「もしくは、当時の非モテたちのモテたいという欲求の裏返しが、」
「……それよ」
 小桜さんは読んでいた太宰治全集を机に置いた。
「モテに対する渇望……人間の三大欲求……それに訴えかけるのが、太宰治の『グッド・バイ』だったのよ。実際、作中には女の子とセックスしようとして未遂に終わるシーンもあるし。きっと読者は性欲の有無によってセレクションされているの」
 自分の中で明確な答えに辿り着いたのか、小桜さんの顔は晴れやかだった。 「良かったですね。もやもやが晴れたようで」尾道は言う。「ただ、できればその内容を次の冊子の特集で書くのはやめてください。保護者も見るので」
「大丈夫。私のお母さんは開明的だから」小桜さんは楽しそうだった。「そっち方面には明るいの」
「僕の母親は恐らく違います」そんなこと、両親に聞いたこともないが。「それに、ヘタしたら検閲されますよ。先生に」
 今回の冊子のテーマを提供したのは、文芸部の顧問である佐々木先生だった。部室にはほとんど顔を出さないので、きっと冊子もノーチェックだろうと思うのだが。
「そんなものを気にして、尾道くんは文学の地平を切り開けると思ってるの?」この先輩は、文学の地平なんて切り開こうと思っていたのか。「何事も、常に最先端にいないと、先へは進めないんだよ」
 そう言うと、小桜さんはニ十年前から存在するとんでもなく古いワープロを棚から取り出し(尾道ワープロという存在をこの部室で初めて知った)、凄まじい勢いで文章を打ち込み始めた。我が高校の文化祭である『オベリスク祭』に文芸部として出品する『文藝 オベリスク』の草埋めとするためだった。『特集〜太宰治はいかにして日本を代表する作家となったか〜』の冒頭を飾る文章だ。題こそ立派そうだが、実態はただの読書感想文になるだろう。それも内容は全く保証できない。小桜さんは先程人生で初めて太宰治を読んだところだし、尾道は、まさにこれから読むところなのだ。
 小桜さんはもうすでに、執筆に集中しているようだった。尾道も、そろそろ題材にする作品を読んでおかないとまずい。「今日は家で読んできます」と言うと、「じゃあまたね」と返事が飛んできた。尾道は部室を出た。
 文化祭が始まるまであと三週間。
 なんとしても締め切りは守らなければならない、と尾道は思う。

 
 ○
 

尾道は家に帰ると、インターネットで太宰治の小説をダウンロードした。
 走れメロス。他の学校では教科書に載ったりすることもあるらしい。短いし、有名だから感想も書きやすいだろう。
 だいたい30分くらいで、読み終わった。少なくともセリヌンティウスは良い奴だ、と尾道は思う。メロスは完全に場当たり的でヤバイかんじがするが、セリヌンティウスのほうは、誠実な面しか描かれていない。あと、最後に二人が一発ずつ殴りあう所が良い。男の友情ってやつだろう。
 尾道は人を殴ったことも殴られ事もないから、完全に想像の話なのだけれど。
 尾道は自分の携帯に、「誠実」「友情」とメモした。
 あとは適当にでっちあげれば原稿用紙十枚は書ける気がする。
 読書感想文は結構好きなのだ。自分が思ってもいないことを、いくらでも自由に書ける。
 携帯に、メッセージアプリの通知が来ていた。小桜さんだ。
『また明日』と書かれている。少し考えてから、シンプルに、『また』、と返すと、小桜さんから『好き』と返ってきた。
 尾道も、『ありがとう』と返す。既読がついて、それ以上小桜さんからメッセージは来なかった。
 小桜さんはいつもこんなかんじだ。部室ではいつも一緒にいるが、部活以外の話はほとんどしない。
 尾道は家族と晩飯を食べ、今日は早く寝る、と言い、部屋に篭った。
 尾道の部屋は一階だ。午後八時。尾道は棚から外用のサンダルを出し、窓を開けた。外に出る。親にばれないように、音を立てずに窓を閉める。
『いまから行きます』とメッセージを佐々木先生に出した。OK、と端的に絵文字が返ってきた。
 尾道は習慣の一部のように、佐々木先生の家に向かった。

 
 ○
 

「早かったね」呼び鈴を鳴らすと、すぐに佐々木先生が出てきた。学校ではコンタクトだが、家ではメガネをかけている。「入って」
 尾道はアパートの一室に入る。佐々木先生の部屋は、殺風景だ。本棚やらソファがあるから、物がないわけではないのだけれど。そのことを以前佐々木先生に聞いた時は、「二人用の部屋だからかな」と言った。尾道はソファに腰掛ける。
 佐々木先生以外の人をこの部屋で見たことは、尾道はまだない。
「冊子は順調?」隣に佐々木先生が座ってきた。
「順調ですよ。さっき、人生で初めて太宰を読みました。読書感想文が四文字も進捗しましたよ。あと四千文字くらい書けば終わりです」
「今まで読んでもいなかったの? 先月にはテーマをあげてたんじゃなかったっけ?」先生は微笑ましそうだ。
「部室に顧問も来ないのに、ちゃんと作業するわけないじゃないですか」
「文芸部の顧問ってそういうものよ」ふふふ、と先生は色っぽく笑った。その時の口元を見て、尾道は少しだけ、興奮した。「小説のほうは?」
「ばっちりです」尾道は応える。「ちゃんと完成するまで、見ないでくださいよ。恥ずかしいから」
「そんなんじゃいつまで経っても上達しないわよ、小説」
「小桜さんに見てもらいます」
「じゃあ問題ないか」先生は尾道の腰に手を回した。「あの子、見る目はちゃんとあるのよね」
「僕もそう思います」
「それじゃあ、製本されてから拝見させてもらうわ」横から、体重をかけられる。「楽しみにしてる」

 
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尾道は、自分がなぜいまだに文芸部にいるのか考えることがある。自分は小説も少しは読む。でも、それは推理ものだったりSFだったりして、小桜さんや先生の好きな、純文学というジャンルとはちょっと違うものだ。
 尾道は放課後になると、部室で原稿を書いた。目の前では、うんうん唸りながら小桜さんがワープロのキーを叩いている。小桜さんは自分のパソコンを持っているはずだが、このワープロ特有のキー配列にハマってしまったらしい。部室にタイプ音が響く。二人の他に、部員はいなかった。
 文芸部に所属しているのは尾道と小桜さんの二人だけだ。
 小桜さんの上の代は五人くらいいたのだが、今年の春に、部員が小桜さんだけになってしまった。それで自分が小桜さんに引っ張られて入部した。きっと寂しかったのだろう。もっと自分と一緒にいたかっただけかもしれないが。どうして付き合い始めたのかは忘れた。先輩たちと一緒にゲーセンとかに行っているうち、自然と、そうなったのだった。少なくとも尾道はそう認識している。
 読書感想文を書くのに疲れると、尾道は椅子から立ち、本棚から過去の冊子を漁った。
 一応、開校以来の歴史のある部活だ。本棚にはずらりと冊子が並んでいる。尾道はそこから小説をひとつ選び、模写を始めた。小桜さんがちらりとこちらを見たが、別に気にした表情をするでもなく、すぐに執筆に戻った。
 尾道がやっていることは、盗作だ。
 過去の先輩の作品を模写し、自分の作品ということで発表する。十年以上前の作品だった。まずばれることはない。不思議と、罪悪感はなかった。尾道はあと二週間以内に、読書感想文と、小説三作、それらを冊子に載せなければならないのだ。ただでさえ部員二名の冊子だ。締め切りを守らなければ小桜さんが困る。先生も困るかもしれない。これは仕方のないことなのだ。
 それに、あと三作の模写が終われば、この部室に存在する全ての『三井ダンス』の作品を模写しきることができる。
尾道くん、尾道くん」呼ばれて、はっとした。小桜さんがこちらを見ている。心配そうだ。「無理はしないでね」
「はい、大丈夫です」自分はいたって自然体だ。「もう暗くなってきたな、と思ったんです」実際にもう日はほとんど落ちていた。
「そろそろ、帰ろうか」
「はい」
 その日は小桜さんからのメッセージの通知はなかった。これは小桜さんにしては非常に珍しいことだ。次の日、なにもなかったように小桜さんは尾道に笑顔を投げてよこした。尾道も笑った。問題ない。いつもどおりだ。

 
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結局、走れメロスの読書感想文はさっさと終えてしまい、尾道は次に、人間失格にとりかかった。
 太宰治は「人間失格」で、『堀木は内心、自分を、真人間あつかいにしていなかったのだ、自分をただ、死にぞこないの、恥知らずの、阿呆のばけものの、謂いわば「生ける屍しかばね」としか解してくれず、そうして、彼の快楽のために、自分を利用できるところだけは利用する、それっきりの「交友」だったのだ』と書いている。三井ダンスは、その小説、「いきるとき」で、『私は豚を、執拗に棒で打つ。それはもはや私にとって愛玩の対象ではなく、ただ飯を食らって糞をする、人間以下の肉でしかない。もはや豚は私の怒りを抑えるための道具でしかない』と書いた。
 立場を逆にすれば、同じことじゃないか、と尾道は思う。これは太宰だ。自分が模写しているのは太宰治の文章なのかもしれない。

 
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佐々木先生の部屋に行くとき、尾道には特に目的はなかった。向こうから呼ばれるわけでもない。尾道から連絡をし、先生から返事が来る。今まで断られたことはなかった。  テレビを見ることはある。二人でソファに並び、バラエティを見る。「最近は外国人への取材物が多いわね」と先生は言う。その言葉に、特に意見があるわけではないことは二人とも知っていた。
 先生の部屋にいるとき、小桜さんのことを考えることはない。なんだか最近は、携帯の、メッセージ上だけで自分たちはつきあっているのではないかと、錯覚することがある。他の第三者が、自分たちのふるまいを見て、会話を聞き、その関係を彼氏彼女だと認定することができるのか確信が持てない。ただもちろん、佐々木先生はそのことを知っていた。尾道が自分から言っているからだ。
 佐々木先生の部屋に訪れるようになったのは、パソコンを借りに行った日が、最初だった。先生が、明日持ってくる、と言うのを、すぐに使いたいからと尾道が無理やり押しかけたのだ。その時だった、尾道は本棚に古ぼけた冊子が何冊かおいてあるのを発見した。それはどれも、うちの文芸部の過去の部誌だった。佐々木先生がこの文藝のOGだということは知っていた。それらの冊子は、全て三井ダンスの作品が収録されているものだった。
 どうしたの、と先生が尾道に聞く。
 尾道はそれには答えなかった。ただ、書きたい小説があるんです、と尾道は言った。この学校にいるうちに書きたい小説がたくさんあるんです。
 そして実際に尾道は小説を書いた。
 時は流れる。もう来週の金曜は文化祭だ。もうすでに読書感想文のほうは仕上げていたし、小説も残り一本になっている。あとすこしだ、と尾道は思う。
「もう、太宰のやつは書き終わりましたか」と尾道は小桜さんに聞く。
「うん」小桜さんは応える。「そっちはもう終わっちゃった」
 そう言いながらも、小桜さんは手を動かし続けていた。最終チェックをしているのだろうか。気になったが、尾道は自分の作業に戻った。
 外も暗くなったころ、「できた」と小桜さんがいった。恐らくパソコンには対応していないであろう、年代物のプリンタにワープロを繋げ、印刷を始めた。
 印刷が終わると、小桜さんが声をかけてきた。
「私も、小説を書いたの」小桜さんは言った。紙の束を尾道に渡し、「読んでみて」
 尾道はそれを読んだ。短い小説だ。二人の男女が不遇な恋愛を経て一緒に自殺する。明らかに、太宰の影響だとわかる。でもそれ以上に、この断片の一つ一つ、それは、「これは、三井ダンスの文章だ」
「知ってる」と小桜さんは言う。
「知ってる、じゃないですよ」それは、小桜さんの小説じゃない。「だめだよ、小桜さん、これは」
尾道くんも同じことをしてるの」小桜さんは泣いていた。「佐々木先生の小説をそっくりそのまま冊子に載せて、本人に見せて、いったいどうしようっていうの?」
 違う。小桜さんは勘違いしている。どうするとかではないんだ。尾道は思う。三井ダンスの小説を、僕は好きなんだ。佐々木先生の小説を、僕は死ぬほど好きなんだ。
 この気持ちは、そうじゃない人には絶対に伝わらない。どんなに小桜さんが僕のことを好きでも。

 
 ○
 

尾道は、逃げるように部室を出た。小桜さんの顔を、見れなかった。尾道は久しぶりに、先生の家に行った。
 道中、『外で待ってて』と先生からメッセージが来た。尾道がアパートの前で待っていると、コンタクトのままの先生が出てきた。「大丈夫?」  自分は人に見せられない顔をしているかもしれない、と尾道は思う。「……大丈夫、です」
「ちょっと歩きましょ」
 二人は公園まで歩いた。十分もかからなかった。まばらに樹木にかこまれていて、いくばくかの遊具と小さな池がある以外は、特になにもない公園だ。夜にはほとんど人がいない。
「主人が来てたの」佐々木先生が言う。「今は彼だけ東京に住んでる。いろいろ言われたわ。今更、なんとかできると思ってるのね」
 尾道は佐々木先生の夫を、上手く想像できなかった。
「高校からの腐れ縁なんだけど、もう駄目ね。自分以外にも他人には人間関係があるっていうことを考えられないんだわ」
 他人、という言葉に尾道は一瞬安心した。なぜ安心したかは、自明のことだ。自分は佐々木先生のことが好きなのだから。
 尾道は携帯を起動した。
 三件のメッセージ。どれも小桜さんだ。小桜さんは自分のことが好きだ。そういうふうに聞いたから間違いない。
『実は、もう、別れたいんです』尾道は入力した。敬語でメッセージするのは久しぶりだ。『本当に申し訳ないけど』
 携帯をしまう。ポケットの中で、携帯は震えない。メッセージは来ない。
 伝えてしまうと、気持ち良かった。こんなに清々しい気持ちになるのは、人生で始めてかもしれない。
「先生」尾道は打ち明けた。「僕は、次の作品に、載せようと思ってるんです、まだ終わってないけど、きっと来週には間に合う。これは僕の作品ではないんだけど、先生の、三井ダンスの、」佐々木先生が尾道の言葉を止めた。
「フロッピー」
 尾道は混乱した。「……フロッピー?」
 先生はカバンから、コースター大のプラチックのなにかを取り出した。見たことがある。ワープロに入れるやつだ。小桜さんがよく使っている、あれ。
「あなたにあげる」先生は悪魔のような声で言った。「手でいちいちタイプする必要はないのよ。原稿のデータは、全部そこに入ってる」
 尾道は呆然としたまま、その媒体を受け取った。先生は、全てを知っていたのだ。足が震えた。二、三歩と後ずさり、池の縁にひっかかった。尾道は後ろに倒れこんだ。落ちる。
 池は浅かった。十センチもない。水も冷たくない。尾道は体育座りのようになって、後ろ手をついていた。尻を濡らしたまま、佐々木先生を見上げる。月が見える。
 今は秋の始まりの季節で、まだ気温は夏の名残を留めている。なまぬるいこの水に浸かっていても、死ぬことは決してない。
 佐々木先生が池に足を踏み入れ、尾道のもとに屈みこむ。顔の横に手をあてられた。フロッピー、フロッピーは無事だろうか、もし濡れていたら、全ての、完全なテキストが、でもそれはいらないのだ。尾道は、全てを自分の手で成し遂げようとしている。グッバイ。グッバイ、フロッピー。尾道の瞳孔は、先生の全てを写しとっている。先生の全てが詰まった部誌を、次の文化祭で出す。僕は今、生きてきた中で一番誠実だ、と尾道は思う。「せっかく東京から持ってきてもらってきたのに、フロッピー、失くしちゃったね」と先生は言う。え、尾道が声を上げる前に、両手で耳を塞がれる。無音。先生は沈み込む。息はできない。尾道は人生で初めて、女性とキスをする。