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文學ラボ@東京

(文学をなにかと履き違えている)社会人サークルです。第22回文学フリマ東京では、ケ-21で参加します。一緒に本を作りたい方はsoycurd1あっとgmail.comかtwitter:@boonlab999まで(絶賛人員募集中)。

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テーマ小説:「時間の流れ」(soy-curd)

テーマ:時間の流れ 小説

 Youtubeに、"Me at the zoo"という動画が公開されていた。一人の若い男性が、カメラの前で、身振り手振りを交えながらなにかを説明している。背景には二頭の象がおり、両者とも画面に対して左を向いている。耳の形から、いずれもアフリカゾウであると特定できる。そして片方の象は、頭部に、毛のようなものが生えているようにみえた。かなりの量だ。太古のマンモスの復元画像には、そのような描写がされるようなものがあるが、現生のインドゾウ、アフリカゾウともに、通常は体毛はまばらにしか生えない。それでは、あの頭髪のような毛は、先祖返りだとでもいうのだろうか。この動画の公開された意図が、そこにある可能性もある。タイトルは簡潔だが、内容は、貴重なゾウがここにいる経緯を私たちに教えてくれているのではないか。しかし男の説明は、英語でなされており、残念ながら理解できない。動画はたったの十九秒しかない。Youtubeが次の動画へ遷移する前に、私はシークバーをクリックし、動画を前半に戻した。そして象の頭部を凝視した。象の頭には、彼らの好物である、干し草が大量に積まれていた。
 私は以上の経緯を、友人にメールで連絡した。URLも一緒に送りつけた。『確かに干し草に見える』と友人は返信してきた。そうだろう、と私は返した。友人はすぐ、簡潔にひとつの象の絵文字を送ってきた。一連の会話が象に関するものだということを、彼は強調したのだった。
 それから二年後、私はあの動画が撮られた現場である、サンディエゴ動物園を実際に訪れた。もちろん、わざわざ象を見るためだけにアメリカに来たのではない。二週間ほど仕事でロサンゼルスに行く用事があり、仕事の間の土日、ふいに思い出したのが、あの象のことだったのだ。サンディエゴまではバスで二時間程度、それほど遠いわけではなかった。午前中には到着し、園内に入ってみると、パンフレットを渡された。『象の遍歴』と名付けられた区域が地図に書いてある。非常に意味ありげなネーミングだ。カピバラや、バク、ガラガラヘビなどを目にしながらそこまで歩いていくと、ついに、数頭のアフリカゾウが目の前に現れた。しかし、彼らが食べているものは干し草ではない。非常に青々とした、大量の木の枝、それを器用に鼻で操って、口元に運んでいた。季節は夏だった。他には、食料らしきものは見当たらなかった。象たちはサラダでも食べるように、それらの木の葉を咀嚼していた。
 そこには干し草の気配は欠片もなかった。象たちの頭にも、多少の体毛があるだけで、ふさふさとした物が乗せられている様子はない。もしかしたら干し草は、冬場にしか与えられないものなのかもしれない。もし象たちが、彼らなりの遊び心で、仲間の内の一頭に干し草をかぶせていたとしても、それを今見ることは決して叶わないのだ。
 その日、ホテルに戻ると、私は再びあの動画を見始めた。そこですぐ、衝撃を感じた。こんなことがあっていいはずがない。私はブラウザを操作して、無限にループして再生し続けられるように設定し、ベッドの上のノートパソコンをじっと眺め続けた。ところが、眺めれば眺めるほど、その象の頭の上の干し草が、ただのまばらに生えた、象自体の体毛だとしか認識できなくなってきた。確かにそれは干し草の塊だったのだし、友人も、あのときは同意していた。私は再び彼に連絡を取った。友人に、干し草の件、並びに、ふいに思いつき、その動画の男性が喋っている内容を、できるだけ正確に訳してくれないかと頼んだ。友人は大学を出ていて、文系だった。この程度のことは簡単にやってのけるはずだった。『これは鮮明な動画ではない』そう彼は前置きした。『非常に不可解な内容だ。ただ象の前で男が喋っているだけの動画が、すでに三千万再生を超えている。以前に見たときは、確か再生回数は数十回だったんじゃないか。そして、たしかに今の自分の目にも、象の頭には全く干し草など無いように見える。今は何の変哲もない、観光客が象の前で撮った動画にしかすぎない。これは可能性だけれど、象は、再生を繰り返す毎に、その干し草を徐々に失っていったんじゃないか? 象の時間は、その場に固定されていたのではなく、ゆっくりとではあるが流れていて、動画を通じて、我々の間にほんの少しずつシェアされていたのでは? それがこの結果だ。注意深く、訳してみる。それが期待に沿える内容だったら良い』
 十分後、友人は一連の完璧なテキストを私に送付した。その十九秒の動画、あの男性は、私たちに向かって以下の通りに述べていた。

 ああそうだ/僕たちは象の前にいる
 やつらはクールで/超、超、超、長い鼻を持っている
 すごいクールだ
 僕が言えることは本当にそれで全部