文學ラボ@東京

(文学をなにかと履き違えている)社会人サークルです。第22回文学フリマ東京では、ケ-21で参加します。一緒に本を作りたい方はsoycurd1あっとgmail.comかtwitter:@boonlab999まで(絶賛人員募集中)。

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テーマ小説:「一行目に死体」(森田さえ)

メンバー全員が同じテーマで小説を書いています。今回のテーマは「一行目に死体」です。

あることの罪(テーマ:一行目に死体)

森田さえ

 

 ワカバくんを殺した。

 

 ワカバくんというのは私の実家近くにあった大きいスーパー『ひなげし屋』のマスコットキャラクターで、ある日仕事から帰宅したらハムを食べていた。私の冷蔵庫から、私のハムを取り出して食べていた。

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テーマ小説:「一行目に死体」(soy-curd)

 


 彼の死因は窒息だった。死んでから十五年の間、彼の死を気に留める者は全く無く、彼はただ、無名の死体としてそこに存在していた。死体はこのように、ほとんど世間の関心と相容れないものだが、無論例外もある。例えば、ジャーマン・シェパードのブロンディは、七歳のときにアドルフ・ヒトラーに贈呈された。彼女はそのような数奇な時代に生きた犬としては裕福な生に恵まれ、ヒトラーの寵愛を受けたばかりか、五匹の子供まで設けている。あまりにヒトラーに好かれていたので、エヴァ・ブラウンからこっそり蹴りを入れられる等の、猛烈な嫉妬を受けるほどだった。ブロンディは、終戦間際に総統本部が地下壕に移転してからも、ヒトラーの寝室で寝ることを許されていた。そしてその日、ヒトラーは自殺する前、青酸カリの効果を確かめるため、ブロンディにそれを飲ませた。彼女の細胞は、地上の生物が歴史によって獲得した、呼吸を司る反応を維持することができなくなり、次々と壊死した。ヒトラーは愛犬の死を見届けた翌日、青酸カリを服用し、直後、万全を期すため拳銃で自らの頭部を撃った。これは、死が非常に有効に活用された一つの事例である。

 

 ◯

 

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小説:一行目に死体(社会死人)

後悔(一行目に死体)

 僕の前には一つの死体が転がっていた。
「これは一体……」
 異様な光景だった。だって僕の体、正確にはさっきまでの僕の体だったものが転がっているのだ。なんで死体だとわかったって? 僕がここにいるからに決まっている。人間は自分を鏡以外じゃ見られない。僕が僕である理由なんてデカルトの「我思う、故に我あり」より自明だ。
 とりあえず僕は観察してみることにした。この状況を打破するにはそれが一番手っ取り早いだろう。
 近くには大きなマンションがある。自分の住む四階建てのマンションだった。きっとここから飛び降りたのだろう。でもあまり記憶がない。それが頭を打ったからのか、体がないからなのかもわからない。
 思い返してみると、僕はなんとつまらない人生を歩んできたのだろうか。今回だって酒に酔っ払ってその勢いで窓から飛び降りたのだろう。そうに違いない。
 すると、あとはもう天使なり、神様なりをお待ちするしかないのか? 仏でも良い。早くきてほしい。つまらない人生だった。早く消えたい。
 そうだ、ほんの数時間前に呑んだ奇妙な酒のせいかもしれない。仙人みたいなひげのおじさんが注いでくれたっけ。なんて言ったっけ。思い出せない。
「あ、後悔酒だ」
 じゅうざけと読む。どんな酒かまでは思い出せない。唯一覚えていたのは味だった。
「あれはうまかった」
 確かにあれほどの酒を呑まずに死んだら後悔するだろう。でも呑んだ僕には悔いはない。そんなこんなで僕は目をつぶった。
 ああ後光が見える。きっと神様の迎えが来たのだ。だからこんなにも明るくて暖かい。
 ……いつになっても僕の体に変化はない。うんともすんとも、ただ小鳥がさえずっている声が聞こえるようになっていた。
「うーん?」
 誰かがうずいているような声を出した。目を開けると、死体だと思っていた昔の自分の土に汚れたまぶたが動いていた。周りは明るい。
「あれ? 僕はなんでここに?」
「いや、なんで? え?」
 目を開けた昔の僕はまったく変わらずに立ち上がった。それが不思議でしょうがなかった。僕は今の僕の体をもう一度見る。僕はここにいるぞ?
「そうか、後悔酒とかいう変な酒で酔ったんだな。確か死ぬほどうまい酒と言われたっけ。でも僕は死んでいないぞ」
 僕には僕の声は届いていないようだった。昔の僕ははにかんでいた。
「んあー、眠い。部屋で寝よう」
「あ、あの、待って」
 朝は温かかった。僕の顔を初めてじっと見た。鏡で見るよりもりりしい顔をしている。スタイルだって悪くない。
 僕の体だったものは僕の許可なしで僕のマンションの出入り口へ歩いていく。ああ、惜しいことをした。あの酒の効果が今、わかった。

小説:カフェの中(森田さえ)

文學ラボの活動として、各自同じテーマで作品を作る、という試みをすることとなりました。

今回のテーマは『カフェの中』となっています。

カフェをテーマに小説を書く、ということですので、日常系の話が出てくるか、奇想系の話が出てくるか、今から非常に楽しみです。

問題なければ、今週末にでも池袋に集まり、作品を見せ合う予定です。

もしかしたら、次の冊子に掲載される作品となるかもしれません。 以上、よろしくお願いします。

文學ラボ@東京

 

吠えろ、吠えるな(テーマ:カフェの中)

森田さえ 

 

仙川の駅のTSUTAYAじゃないほうっていうかしまむらのほうに向かってひたすら歩いていくとコメダ珈琲店調布仙川店があって、もうかれこれ3時間私はこのカフェの隅っこの席に座りっぱなしだ。

 出られないのだ。

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レビュー:舞城王太郎『スクールアタック・シンドローム』

 

短編集『みんな元気』から 「スクールアタック・シンドローム」、「我が家のトトロ」を抜粋し、描きおろし短編「ソマリア、サッチ・ア・スィートハート」を加えた構成でできているのが、この文庫『スクールアタック・シンドローム』です。舞城というとデビュー作『煙と土と食い物』の奈津川サーガに代表されるように、テーマとして家族に重きを置く印象がありますが、表題作の「スクールアタック・シンドローム」でも家族、特に父親と息子の絆の話が繰り広げられます。

 

父親は仕事を辞め酒浸り、日がなソファの上でDVDを見る毎日を送っています。別居中の息子は、学校の友人の殺し方について詳細にノートに書き続けています。そのような背景の中で、この状況を打破するための道具として、舞城は暴力を使います。今回の場合は、なんの前触れもなく登場する暴漢。DVDを見ていた主人公の部屋に突然現れ、襲いかかる暴漢を、主人公は撃退します。暴漢の耳を食いちぎって。

 

このようなストーリーテリングは舞城作品の十八番です。災害のような暴力を描写することで、作者は感情と行動のスイッチを物語に入れます。文章にエンジンがかかったあとは、物語は作者の独壇場です。この表題作は短編であるため、そのような暴力の取り回しを純粋に楽しめる作品となっています。舞城の純文方面の才能を味わいたい方におすすめの作品です。

 

 

 

スクールアタック・シンドローム (新潮文庫)

スクールアタック・シンドローム (新潮文庫)

 

 

レビュー:『有頂天家族』森見登美彦

過去に久米田康治キャラデザでアニメ化もしている『有頂天家族』を読みました。簡単に言うと狸小説なのですが、一応パンツも出てくるので、パンツ小説でもあります。どういうことかと言いますと、数多出てくる狸の中で、「尻を齧られることが弱点」という狸がおり、その狸が他の狸に尻を齧られないために鉄のパンツを履いてくるシーンがあるためです。尻に関しての作者の執着はこの上なく、最終章ではパンツを脱がして尻を八分割や十六分割にしようとします。このように、わけのわからない形で狸の尻に対して読者に尻への思いを馳せさせる筆力は、まさに森見にしか書けない境地です。山本周五郎賞を受賞している『夜は短し歩けよ乙女』でも、象の尻を出していた気がしますが、やはりこのようなこだわりが森見ファンタジーの一部を成しているのでしょう。お尻にこだわりのある方は必見の小説です。

 

 

 

 

 

 

有頂天家族 (幻冬舎文庫)

有頂天家族 (幻冬舎文庫)

 

 

 

有頂天家族 二代目の帰朝

有頂天家族 二代目の帰朝

 

 

 

 

テーマ「カフェの中」(社会死人)

物語が出来るとき

 

 

 ノートパソコンには、ひたすら文字が並んでいた。画面の光が目に当たる。そのつらつらと書かれたすべてが僕にとっての失敗だった。
『どうしてあの人みたいな小説になってしまうんだろう』
 心の中で呟いたものをそのままキーボードで打ってしまう。あの人とは、僕が昔から好きな作家だった。コントロールキーとAキーを押したままでデリートキーを押して、それを繰り返す。このカフェでいつも聴いていたピアノの旋律が煩わしく感じた。パッヘルベルのカノンは好きなのに、このときばかりは聴きたくない。
 このカフェには僕と、向かいの奥にベレー帽の被った老年の男性がいた。完全に煮詰まり、徐にその男性のほうを見る。彼も書類を見ながらキーボードを叩いていた。
 僕が余りにじっと見ていたせいか、男性もこちらに気付いたようだった。ベレー帽から微かに見える白髪、そして丸眼鏡がとても似合っていた。彼は笑顔でこちらに挨拶してきた。
「やあ、どうしたんだい」
 帽子を取ってそれを頭の上で振る。きれいな白い髪がたなびく。
「こんにちは」
「君は作家かい? さっきから進んでいないようだけど」
「いえ……」僕はどう答えていいのかわからなかったが、「でもなることができれば」とだけ付け加えた。
「それはいいねえ。よかったら読ませてくれないかい?」
 男性の丸眼鏡の奥は好奇心で溢れているようだった。
「いいですけど、今書いているものはまったくできてません。過去の作品でよろしければ」
 いいよいいよ、というと席から立ち上がりこちらへ向かってきた。僕は慌てて過去の作品を表示した。
「すみません。貴方は作家なのですか?」
「それは当ててみてごらん」
 僕は頭にはてなを浮かべながら、ノートパソコンをその男性のほうへ向ける。
「ごめんね、目がもう駄目だからもう少し大きくしてくれるかい?」
「はい」
「……ふむふむ」
 男性は何かを考えているようにあごの先に指を置いた。
「これは東樹の作風みたいだね。彼はある鉄筋を見ればその鉄筋の中の構造がわかるように描く。でも君は鉄筋の中身を知っているのかい?」
「いいえ」
 ふーむ、と男性は訝しむ。
「なら君の知識と東樹の文体を混ぜてみたらどうかな?」
「なるほど。僕にしか書けない知識で書くということですか?」
 そうだね、と男性は言った。
「ありがとうございます。こうやってやり取りして作品は出来ていくんですね」
 その男性はにっこりと微笑んだ。
「編集って言う仕事も大事でしょ」